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秘伝水琴窟
水琴窟はなぜ幻であったのでしょうか。幻とは現在ないのにあるように見えるもの。そして消えてなくなるもの。水琴窟ほど幻の言葉がふさわしいものはないかも知れません。
『水琴窟』、この呼び名は、いつ誰が名付けたか全くわかりません。原題庭園の教科書(「庭園入門講座・10」上原敬二著)には洞水門として説明があります。そして、音の出る洞水門の記録はありますが、工事は困難で、日本庭園の最高技法であると説明しています。
洞水門は昔から庭園の技法としてありましたが、古代の日本庭園にはあまり見られず、京都の寺院の庭園にも、武家屋敷の庭園にも残っていません。江戸時代中期以降、江戸で商家が自宅に庭園を競って造り始める頃、書院に縁先手水鉢が置かれるようになり、その排水装置として洞水門が造られました。初めは実用としての排水、その一つとして甕が埋められました。そして、その甕に落ちる水滴音が良い音がするのに気づいたのです。音は目的でなく庭師の遊びであり、この洞水門は庭師のひそやかな楽しみとなっていたのでしょう。場所により、所により、作り方は異なっています。そのため、この洞水門は江戸の庭師の秘伝となったのではないのでしょうか。(日本の音研究所 中野之也著より)
退蔵院の水琴窟
水琴窟の構造
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