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清々しい天気が続きますが、
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
さて、先日、ある人がお寺を訪ねてきてくれました。
武田龍信くんという人です。
彼は学生時代を退蔵院ですごし、卒業後、
私と同じ埼玉県の平林寺専門道場で1年間修行し、
その後、愛媛県の大乗寺専門道場に移って3年間、
合計4年間もの間、厳しい修行を積んできました。
先月、めでたく修行を終えて、自身の生家である
山梨県甲府市のお寺に帰る途中によってくれたのです。
臨済宗の修行では、昔から、ある慣習がありまして、
修行に行く際には、元いたお寺(自坊)から道場まで行脚して行って、
修行を終えたら、また行脚して帰るということになっております。
しかし、現在は交通事情もよくなり、昔ながらのやり方を踏襲する人は
少なくなってしまいましたが、やはり歩くというのは
自分に向き合える非常によい手段であり、
得がたい修行になるといわれております。
これだけの長期にわたって歩き、自分と向き合う時間というのは
人生でも今しかない、と思っておりましたので、
私もちょうど3年前に埼玉県の道場から京都の退蔵院まで
中山道を行脚してかえって参りました。
自分としても、その経験が非常にすばらしいもので、
自分の今を形作る大きな糧になっております。
今回、彼は愛媛県から本山である京都の妙心寺を通って、
臨済宗中興の祖、白隠禅師ゆかりの静岡県沼津市の松蔭寺を参詣して、
甲府に帰るという計画で行脚しているようです。
私の行脚でも600kmくらいでしたが、
彼の場合は私の倍くらいの道のりがあると思います。
道中は、泊まるとことがなくて港で野宿したり、
変な目で見られたり、つらいこともあったようですが、
いろんな方に声をかけていただいた、
わざわざUターンしてお布施を渡しにきてくださった、
など、道中のみなさまの温かさに励まされて歩を進めているようです。
私も彼の姿を見ると3年前の自分のことを思い出して、
当時の気持ちが湧き上がってくるような感覚になります。
是非、無事に行脚を終えて甲府に戻って、
立派な和尚さんとして活躍していただきたいと思います。
みなさんの中で、旧東海道沿線(国道1号線沿い)もしくは、
静岡から山梨に向かう街道沿い(富士川沿い)にお住まいの方がいらっしゃったら、
もし、彼を見かけたときには温かいお声をかけていただければ幸いです。
12日の朝、出発しましたので、現在(14日)は三重県を歩いている頃だと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。